小川和幸info
リオ五輪470級男子日本代表、土居一斗/今村公彦インタビュー/バルクヘッドマガジン
2016.03.23
アラブ首長国連邦・アブダビで開催されたアジア大陸選考「ASAFアジア選手権」が終わり、全てのリオ五輪日本代表が内定しました。選手たちは、後 日、日本オリンピック委員会から承認を受けて正式に日本代表となります。いま選手たちは、どんなことを考えているのか? バルクヘッドマガジン編集長が、 470級代表チームをインタビューしてきました。前編は、470級男子の土居一斗/今村公彦(チームアビーム)の登場です。(BHM編集部)
土居一斗(写真右)
1992年3月17日生まれ。24歳。神奈川県出身。横浜ジュニアでセーリングをはじめる(8歳)。福岡第一高、日本経済大で数々のタイトルを獲得。2014年サンタンデール世界選手権9位、8月リオ五輪テストイベント9位。アビームコンサルティング株式会社所属。
今村公彦
1984年2月3日生まれ。32歳。鹿児島県出身。錦江湾高ヨット部でセーリングをはじめ、第一経済大時代(現日本経済大)に五輪活動を開始。ロンドン五輪ではスリーボンドチームで活動後、大学の後輩にあたる土居一斗とチームアビームへ移籍。九州旅客鉄道株式会社所属。
◎リオ五輪本番へ向けて現地トレーニングがメインに
BHM編集長:昨年7月の470代表選考(デンマーク欧州選手権)から7カ月、8月に始まるリオ五輪まで5カ月に迫りました。この冬はどんなトレーニングをしていましか?
今村:リオデジャネイロの現地キャンプが中心でした。1月はリオで三週間のトレーニング。リオでは海外チームと練習することもありますが、主にオーストラリアチーム(マット・ベルチャー/ウィル・ライアン)と集中して、スピード練習やレース海面の調査をおこなっています。
土居:リオは潮が強く、風もトリッキーです。ボートスピードは、ダウンウインドも含めて全体的にあがってきています。悩んでいる部分もあるけれど、全体的に速くなっているのを感じています。
BHM編集長:三週間もいるとオフの時間も大切になるけれど、休みの時は何をしていますか?
土居:町を出歩いたりすることはないですね。夜はあぶないし。部屋で本を読んだりしています。オフの日は、なにしてるんだろ? そうだ、これまで サッカーは2回観に行きました。食事は自炊しています。スーパーで買い物しますが、この前、買ったばかりなのに玉子が腐っていました。いろいろ気をつけな いと。。。
今村:最初の頃に比べると生活パターンもだいぶ慣れてきました。オフになるのは三週間で3日ぐらいですが、休みと言いながらもハーバーに行って船をメンテしています。完全オフの日は、お互い関与しないようにしています。
BHM編集長:リオの水質汚染問題はどうですか? (編集長が)昨年行った時はだいぶ改善されているようでしたが、湾内はひどく臭うし、ハーバーにはゴミもありました。
今村:1月に行った時は、去年の8月よりもひどくなってる感じがしました。どうなるんでしょうね。1月はサマーシーズンで、オリンピックの季節とは 違うのも影響しているかもしれません。ジカ熱もあるし、その辺も気をつけないといけません。ハーバーの建設は大急ぎで工事していました。
BHM編集長:ふたりとも初めてのオリンピックになりますが、代表になってどんな気持ちでいますか? プレッシャーみたいなものはありますか?
土居:いまは、ないですね。オリンピック本番まで計画したことを淡々とこなしているという感じです。たぶん、まわり(ライバル国)からメダルを取ると思われていないので、それを逆にうまく使って、いい位置に絡んでいきたいと思っています。
今村:いまは、リオの海の特長をつかむのが第一優先です。インサイド(湾内)のレースでは、潮が速く、時間で転流する。レース海面では行くサイドで 流れが全然違ってきます。リオ五輪のスケジュールが発表されて、470男子の初日はインサイドでやります。これまでインサイドのレースの方が良い結果を出 しているので、がんばります。
チームアビームの得意風域は体重を活用した強風セーリング。軽風が中心になると予想されるリオのために現在減量をおこなっているとのこと。photo by Junichi Hirai
ブラジル・リオ五輪セーリング競技の会場となるグアナバラ湾。山に囲まれた湾内はトリッキーな風が特長で、右から左、左から右へ流れる速い潮流がある。photo by Junichi Hirai
◎世界で勝つためには、日本では得られないものがある
BHM編集長:土居選手は、福岡第一高、日本経済大を経て、五輪キャンペーンを始めました。最も結果を残している同世代の代表格といえますが、速くなるための秘訣を教えてもらえませんか?
土居:それは、、、なんなんでしょうね(笑)。練習量も大事だと思いますが、死ぬほど乗らなくてもいい。いまは1日2、3時間、集中して乗っています。
BHM編集長:自分が成長したと感じたのは、いつ頃?
土居:成績が出るようになったのは高校からです。ジュニア(OP)時代はぜんぜんダメでした。高校でヨットの理論を教えてもらって基本ができました。闇雲に練習するんじゃなくて、考えて、理解しながら練習したことは大きいと思います。
BHM編集長:今村選手のクルー歴は長くて、五輪キャンペーンは学生時代から10年以上続けてきました。ずっと負け続けて、やっとつかんだ日本代表です。これだけ長く活動した選手は少ないかもしれません。
今村:しぶといし、しつこい(笑)。毎回、代表選考で負けてきて、自分のなかで納得のいかないことがあって。「負けて、悔しくて、もう一度やる」を繰り返した気がします。
BHM編集長:世界に通じるクルーワークは、どのように身につけたんですか?
今村:錦江湾高2年の時からクルーをやっています。成長したと感じたのは、大学(第一経済大。現日本経済大)に入ってからで、三船監督、岡村コーチ(当時)に基本を叩きこまれました。
BHM編集長:ふたりとも学生時代にセーリングの基本を身につけたことが大きく影響しているようですね。
今村:ただ、クルーワークは、動作が重要なわけではありません。船を速く走らせることが大事。たとえば、上マークをまわった後、すぐにスピンポール をセットして速くスピンを張る動作ではダメ。船を波にしっかり乗せて、タイミングを見計らってからスピンアップの動作に入ります。優先するのは船を速く走 らせることですから。
BHM編集長:もっと上達したいと考えているセーラーは、日本にいる時どんな練習をしたらいいでしょうか?
今村:(基本動作を覚えた次のステップは)まず、海外に出て戦うことだと思います。外へ出ないことには得ることも少ない。ジュニアワールド、ユース ワールドなど出場するチャンスはあります。早い段階で海外選手と交流して、実際に戦い、おそらくズタボロにやられるんですけれど、その感覚が大事。日本に 戻ってきた時に「何が足りなかったのか」を考える。この時間が必要だと思います。
BHM編集長:今村選手の活動を学生時代から見てきたので、いまの考え方や、これまでやってきた行動に重みを感じます。
今村:より上の舞台に出て行こうとすると、そこは、うまいのが当たり前、できるのが当たり前の世界です。自分はまだまだ。でも、チャンスはある。社会人になってからでもチャンスはあります。挑戦は続けていきたいですね。
BHM編集長:ふたりともありがとうございました。オリンピックの活躍を期待しています。
バルクヘッドマガジンより
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OCEANS WATCHER
小川和幸
気象予報士、オーシャンプロデューサー
出生地 東京都目黒区
居住地 神奈川県茅ケ崎市在住
WATER KIDS JAPAN代表
OCEANS MAGAZINE編集長
特定非営利活動法人EARTH WIND & WAVE CLUB理事長
OCEANSMAGAZINE facebookページhttps://www.facebook.com/pages/Oceansmagazine/1503862653179360
大学では体育会ヨット部に入部し、副将として部員をまとめるとともに、大会では学生選手権大会で優勝し、全日本選手権大会では総合6位入賞という結果をもたらす。
その後、卒業とともにウインドサーフィンの魅力に魅せられ、それ以来、20年以上続ける。また、趣味を仕事にと、マリンスポーツ雑誌の老舗マリン企画へ入社し、ウインドサーフィン専門雑誌であるHi-Windで8年間広告営業として働く。
また、Hi-Wind時代に気象予報士の資格を取得し、世界最大の気象会社ウェザーニューズ社を経て老舗波情報である波伝説(サーフレジェンド社)へ転職して、14年間、海専門の気象予報士として働く。その間には、ラジオやTVで海の気象情報を伝えながら、日本国内におけるWCTやWQS(プロサーフィン世界大会)、プロウインドサーフィン大会、遠泳では湘南オープンウォータースイミング大会などのオフィシャル気象予報士として、マリンスポーツにおける海専門の気象予報のプロとして活躍。
現在は、独立してWATER KIDS JAPANを設立し、海の気象情報アプリ「ISLANDS WATCH」を企画・運営中。
また、特定非営利活動法人「EARTH WIND & WAVE CLUB」も立ち上げ、地元茅ヶ崎や奄美大島にて、その日のコンディションに合わせてマリンスポーツを楽しみながら、子どもから大人までに海の素晴らしさや奥深さを伝えている。